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福井地方裁判所 昭和50年(行ウ)5号 判決

原告 田辺建設株式会社

被告 福井地方法務局武生支局供託官

訴訟代理人 山口三夫 吉田利雄 細呂木谷正雄 ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  原告が訴外福井タイルとの間で本件手形判決を受けたこと、訴外福井タイルが右判決に対し異議申立をすると共にその強制執行停止の保証として原告主張の日に本件供託所に対し本件供託をなしたこと、原告主張の日に同人が右手形判決に基づき本件差押・転付命令を得たこと及び原告の本件供託書に基づく本件払渡請求に対し、原告主張の日時に本件処分がなされたこと、右処分理由が原告主張のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、本件手形判決は原告の訴外福井タイルに対する約束手形金請求訴訟(三通、額面合計一六四万四五七円)であつて昭和四五年九月一八日に言渡しがあつたこと、同五〇年一月三一日福井地方裁判所武生支部において訴外福井タイルからなされた本件手形判決に対する異議事件(同支部昭和四五年(ワ)第七三号)において、右判決を認可する旨の判決がなされたこと、被告の本件処分の理由書記載の通り被告に対し訴外福井タイルから同社が本件供託所に対して有する本件供託金取戻請求権全額につき訴外佐治タイルのために質権を設定した旨の内容証明郵便が昭和四五年一〇月一日被告に到達したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

二  以上の事実によれば、原告と訴外福井タイル間の福井地方裁判所武生支部における昭和四五年九月一八日の原告勝訴の仮執行宣言付本件手形判決に対し訴外福井タイルが右判決に異議申立をなすと共にその強制執行を停止するための裁判上の保証として右同日本件供託所に対し本件供託をなしたこと、同年一〇月一日被告に対し訴外福井タイルから同社が右供託所に対して有する本件供託金取戻請求権全額につき訴外佐治タイルのために質権の設定をなしたとの内容証明郵便による通知がなされたこと、その後同五〇年一月三一日右裁判所で本件手形判決を認可する旨の判決があつたので、原告は仮執行宣言付の本件手形判決に基づき右裁判所から訴外福井タイルの右供託金取戻請求権につき本件差押・転付命令及び本件供託書の下付を受け被告に対し本件供託金払渡請求をなしたこと、しかるに被告は訴外福井タイルの本件供託金取戻請求権に既に訴外佐治タイルのため質権設定がなされていることを理由に本件処分に及んだことが認められる。

よつて以下本訴請求の当否につき審按する。

三  本件供託は原告の本件手形判決に基づく強制執行を停止すべく訴外福井タイルがなした裁判上の保証供託である。ところで裁判上の保証は、裁判所のなした処分により被供託者に生ずることあるべき損害の賠償に供すべき担保であつて、被供託者は民訴法五一三条一項、三項、一一三条の規定により右将来発生することあるべき損害賠償債権につき保証として供託された供託金の上に質権者と同一の優先権を有するものであつて、右保証供託が強制執行停止のためになされたものである場合には、被供託者は裁判所の強制執行停止命令後執行を開始しうる状態となつた本案判決言渡の日までに強制執行停止により生じた損害につき供託金の上に質権と同一の優先権を有するものである。

そうすると、本件において原告が本件供託金の上に優先権を主張しうる範囲は、訴外福井タイルの申立により福井地方裁判所武生支部が本件手形判決の強制執行停止命令をなした昭和四五年九月一八日から本案判決たる手形判決に対する異議判決言渡の日である昭和五〇年一月三一日までの間に原告が右手形判決の強制執行遅延により蒙つた損害に限定されるべきものである。

これに反する原告の主張は採用できない。

四  ところが、〈証拠省略〉によれば次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

本件差押・転付命令には請求金額の表示として本件手形判決で認容された約束手形三通元金合計一六四万四五七円と、いずれも手形支払期日の翌日から右差押・転付命令発付の日である昭和五〇年五月八日までの遅延損害金(うち六二万一、二〇〇円の手形については昭和四三年一〇月六日からの二五万五、六七九円、五四万円の手形については同年一一月六日からの二一万八六五円、四七万九、二五七円の手形については昭和四五年七月一三日からの一三万八、六三〇円)の外申立費用が記載され、差押および転付を求める償権の種類および数額の表示として、訴外福井タイルが本件手形判決の強制執行停止のため供託した本件供託金八〇万円の取戻請求権である旨の記載が存する。また原告の福井地方法務局武生支局に対する本件供託金払渡請求書には供託金の払渡請求事由及び還付取戻の欄に供託原因消滅による供託金取戻請求であることの記載が存する。

してみると、本件転付命令には優先権の範囲の特定およびその範囲について執行遅延による損害賠償請求権に基づく質権の実行方法によるものであることが明示されておらず、かつ、本件払渡請求書には担保権の実行による還付請求であるとの記載はなく、却つて供託原因消滅による取戻請求であるとの記載の存することからすれば、本件転付命令は本件手形判決を債務名義とする一般債権の執行、本件払渡請求は右に基づく本件供託金取戻請求権の行使に外ならないとみるべきである。

五  ところで本件においては被告は本件転付命令の発付に先立ち本件供託金取戻請求権のうえに訴外佐治タイルのために訴外福井タイルが質権を設定した旨の通知を受けているが、原告は「右質権設定は民法三六三条にいう債権証書である本件供託書の訴外佐治タイルへの交付がなく質権設定通知のみでは右供託金につき未だ有効な質権は成立していない」旨主張する。しかしながら民法三六三条において債権証書の交付を要するのは、該証書を質権設定者が任意に質権者に交付できる場合に限り第三者の手中にあるため交付することのできない場合には該証書の交付を要しないと解すべきであるところ、裁判上の保証供託金取戻請求権に質権の設定をなす場合には債権証書たる供託書は裁判所に保管され、質権設定者は任意にこれを質権者に交付することができない場合にあたるものというべく、従つて本件においても本件供託書の交付を要せず、有効に質権設定をなし得るものであるから原告の主張は採用し難い。

そうすると原告は本件転付命令により質権付の本件供託金取戻請求権を取得したこととなるから、質権設定の当事者の同意またはその他の方法により前記質権を排除した後でなければ本件供託金取戻請求権につき本件供託所に対しその払渡しを求め得ないことは明らかである。

そうすると原告の本件払渡請求を一般債権による執行として、これに優先する訴外佐治タイルの質権設定通知を受けており、訴外佐治タイルの承諾を証する書面の添付がないことを理由に右請求を却下した本件処分は適法であつて何ら違法は存しないというべきである。

六  以上の次第で原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松本武 川田嗣郎 桜井登美雄)

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